14歳。



昨日も気持ちの良いお天気
学級閉鎖中の長男と、実家に行ってきました。

毎年、たくあんと野沢菜の漬物をお願いしているので、それを取りに・・・
末っ子を送ってから出かけたので、着いたのがお昼近くでした。

お昼は買って行くから何もしないでいいからね、と長男に電話させたのに、五目御飯と天ぷらを揚げて待っててくれました。

3人でお昼を食べていると、長男が
「そういえば、おねえちゃん(姪のこと)お誕生日だったでしょー」と話したことから、今年のお誕生日は週末にお寿司をとったことなど母が話始めました。



姪っ子は、兄の長女です。
実は、姪が8カ月の時に兄は離婚しました。
義姉は母に「おかあさん、この子を育てて下さい、嫌だったら施設に預けて下さい」と言い残し、出ていきました。
私よりも年下で、まだまだ若かった義姉・・・
「母親」になるには早すぎたし、兄にもたくさん原因がありました。

兄は姪さえいたらいいとすぐに離婚に同意したのですが、義姉の両親が判を押すことに待ったをかけました。
一人暮らしを始めて、そんなことも知らない義姉は、なーんと調停にかけました。

母のこと、私のこと、兄のこと・・・
いろんなことを理由に、離婚を正当化してきました。

兄が呼びだされ、双方の言い分をもとに、慰謝料・親権は兄に入ることになりました。

独立したてで、忙しかった兄に変わって、祖父母である父母は、それから姪の育ての親になりました。




そんな姪が14歳。
誕生会の時、寿司を食べながら、母は姪に
「おばあちゃんは、Mが病気もしないで元気でここまで育ってくれて、ほんとうに嬉しいけど、Mはおばあちゃんに育てられてどうだった?嫌だった?」
と聞いたそうです。

すると、数年前に、母は突然の尿管結石で、あまりの痛みに転がりながら、父から病院に運んでもらったのですが、姪はそのことを鮮明に覚えていて
「あの日はおじいちゃんの誕生日でね、おばあちゃんがあまりにも苦しんでいるのが、今でも忘れらない」
と答えたそうです。

きっと、姪には、母が苦しむ姿が「死」に結びついて、怖かったんじゃないかと思います。

母は、姪を育てると決めてから「この子が20歳になるまでは、なんとしても元気で生き続ける」が口癖でした。
人間は気力でなんとかなるものなんだなぁと、母を見て思います。

姪は父子家庭で一人っ子、最近口が悪くはなったものの、でも曲がらずとがらず、とても気持ちの優しい女の子に育っています。
少年マンガが大好きで、オタクの傾向にはありますが・・・

私に長女が生まれ、姪は自分のことを「おねえちゃん」と呼ばせました。
3人の子供達は「おねえちゃん」と姪を呼びます。

この先、たくさんの壁にぶつかるだろうけど、姉妹弟のように、4人助け合っていけるように・・・
母と私の願いです。
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14歳って・・・うちのお姉と同じ歳だ・・・。
女の子が一番微妙で難しい時期・・・ここまでまっすぐ育ってくれたのはお母さんの力量と家族の愛情だね・・・ううっ感涙。
少年マンガのアニメオタクも、うちのお姉と似てる・・・
うちは「コナン」とか「銀魂」とかすっごい読んでるよ(^_^;

Mちゃん、これからもそのまままっすぐ育ってね(*^_^*)

お母さん、すごいね。
Mちゃんは、ご実家の宝だよね

娘婿の弟もこども二人を引き取って10年前離婚しまして
私より年上の娘の姑が育てています
運動会、部活の保護者会にも出席して
気持ちはずっと若々しいの
育てる責任って、大変だけど
生きる力、充実感は大きくすばらしいわ!!

お母さんのこと、応援してま~す

「嫌だったら施設に預けて下さい」かぁ・・・。
そんな言葉を言ってしまった事、今は反省しているかな。

ぱこみこさんのお母さん、色々ご苦労されたけど
とても優しい子に育って、元気でいてくれる事が何より
嬉しい事だろうね。
これからの色々な事を4人で助け合って生きていって
くれるといいね!

姪っ子ちゃん、これからまだまだ難しい年頃だもの
お母さんも姪っ子ちゃんもぱこみこさんの事、とっても
頼りにしてるよ。
私達も気力で頑張らないとねe-271

おかあさんのたくあんと野沢菜漬け美味しいんだろうなぁ~e-328

ちかこさんへ

ちかこさんちも14歳でオタッキーなのねv-352
「銀魂」Mも大好き、あと、「NARUTO」とかね・・・

女の子は「母」が必要な時期ってあるはずなんだけど、姪は祖父母と父親の愛情をめいっぱい受けてか、飢えてはいません。
支えてくれたたくさんの方々に感謝ですねe-266

てこなさんへ

忙しくて参加できない兄に変わって、母もいろんな行事に参加してきました。
周囲の涙を誘うんですが、姪誕生後、実家には今までにない明るさが生まれました。
母には、きっと一生自分の時間はないかもしれないですが、生きがいがあることは、母の支えでもあると思っています。
姪には、私も感謝することがたくさんです。

てこなさんのお近くにも、同じ境遇の方がおられるんですね。
応援ありがとうございます。
私からも、応援させて下さいね。

Re: hitoさんへ

> インフルエンザ復活おめでとうv-352
>
> 「施設に預けて下さい」実家でも名文句だよ、ある意味・・・
> でも、この言葉に、母は
> 「女は我が子を絶対手放しちゃいけない」と義姉に言ったんだって。
> でも、この言葉を言うと言うことは、姪を手放さなければいけない言葉だったのに、義姉を思って言った一言・・・でも届かなかったけどね。
>
> 月一で今でも義姉と姪は会っています。
> 帰りには、家の玄関で泣いて帰ります。
> そんな「母」を見て、姪は
> 「うっぜー」と帰ってからつぶやいています。
> ・・・・まっすぐ育ってるかなe-351

ぱこみこさん おはよう
お仕事辞めれれて、いつも忙しい分今月はちょっとゆっくりできるのかな?

私のいとこ(男)も息子をひきとって離婚しました。
奥さんは当時3才の息子を置いて男と家出・・・
1年後には「息子と一緒に居たい」って泣きながら戻ってきたらしいけど
調停を経て正式に離婚して、その後叔母が育てています。

叔母は「55才過ぎてからの子育てはきついわ~」といつも言ってるけど、
ぱこみこさんのお母様同様「私が元気でがんばらないと」ともいつも言ってます。

これまた、ぱこみこさんさん同様に妹に二人の子供がいるので、
子供達は兄弟のように育っていて、叔母も「娘がいるから助かってるわ」っていつも言ってます。

お母様もぱこみこさん一家にたくさん感謝していると思いますよ。

ご両親がいつまでもお元気で、4人姉妹弟ちゃん達が
このまま優しく助け合って成長していきますように★

MIYUさんへ

涙、涙・・・

姪もね、母親が好きな人が出来たために自分をおいて出て行ったこと知らないの。
そんな人とはすぐになんでもなくなり、月一で会う日には、泣いてなかなか帰らなかったり・・・
出て行った時は8カ月で夜泣きもひどい大変な時だったけど、歩くようになり、しゃべり、おむつが取れ・・・かわいいばかりになるからね、手放したこと後悔もするよね。

今では、相変わらず仕事で忙しい兄に頼めないことを、月一の義姉と会う時に頼んでるらしい。
東京に連れて行ってもらったり、買いものに行ったり、こないだなんかはストレートパーマをかけに連れて行ってもらったんだってe-351

母も56歳からの子育てだったの。
これを書いてて、感情を抑えながら、一度は書くのをやめようかとも思ったのだけど、こうやって同じ境遇の方たちがいることや励ましてもらえて、なんだか力が湧いてきます。

MIYUさん、ありがとう。
私も叔母様を応援しています。
プロフィール

ぱこみこ

Author:ぱこみこ
2005年3月末っ子の断乳後しこり発見!4月、右全摘出手術。
化学療法
リュープリン2年
タスオミン5年服用。
2015年3月乳がん治療卒業。
「無事卒業だね」と主治医に言われるも、
なんとなく不安は残りつつ、
でも、毎日をおいしく生きています。

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